白虎隊士の「生家案内図」除幕 会津若松、当時との様子を比較

自刃白虎隊士生家案内図

自刃白虎隊士生家案内図を除幕する飯沼さん(左から3人目)=西郷頼母邸跡向かい

 

 

 

戊辰戦争で自刃した白虎隊士の生家跡を示す案内図が16日、会津若松市追手町の西郷頼母(たのも)邸跡向かいに建立された。子孫や研究者、関係者でつくる「白虎隊の会」の事業で、隊士の生家跡3カ所への石碑の建立も行われた。

同会は、白虎隊の史実を解明し、生き方を後世に伝えようと2010(平成22年から活動。これまで飯盛山に自刃理由の説明板を設置したほか、戦闘の地の説明板、生家跡への石碑の建立などに取り組んでいる。

新たに設置した案内図には、飯盛山に墓がある白虎隊士19人に唯一生き残った飯沼貞吉を加えた20人の生家跡を書き入れた。当時の町割りや道路の上に現在の道路や主な施設が書き入れられており、戊辰戦争当時と今の様子が比較できる。

案内図の除幕式には飯沼貞吉の孫で同会事務局長の飯沼一元さん(74)=東京都=も参加し「会津にとって白虎隊は鶴ケ城と双璧をなす宝。勘違いではなく、武士の本分を明らかにするために自刃したことを伝えていきたい」と語った。