村指定史跡に「三十一人墓」 大玉の戊辰戦争・東軍戦死者史跡、看板設置など整備へ

村指定史跡となった戦死三十一人墓

戊辰戦争から150年の節目を前に、大玉村教委は14日、旧玉井村山入(やまいり)の戦いで、西軍を迎え撃った東軍戦死者の墓、大玉村玉井字権現目の史跡「戦死三十一人墓」を村指定史跡に承認した。

指定を受けて村は、次年度に看板設置などを含めた整備を進める。

東日本大震災で墓石が大きく傾いたことなどを受け、戊辰戦争の際に同村で激しい戦いがあったことを示す貴重な史跡として村指定史跡に決めた。

村などによると、山入地区は会津方面に通じる母成街道や石筵街道があり、同地区が会津戦争の最前線だったという。

1868(慶応4)年8月20日の同戦いでは、西軍の死者が6人だったのに対し、東軍は幕臣や二本松藩兵、会津藩兵ら43人が命を落とした。

墓は当時の村長や地元の名主が発起人となり、東軍と西軍が戦った古戦場から北東方向に直線で約500メートルの場所に建立した。

一方、地元住民らは西軍戦死者も別の村内墓地や寺などに葬っている。

村は来年8月、文化財指定を受けて墓と古戦場を結ぶ道を歩く催しなどを検討する。