会津魂、次世代へ みやぎ会津会、戊辰150年シンポ

会津への思いや矜持を語る、左から室井市長、新城社長、目時相談役、滝尻教頭、須佐会長

宮城県内の会津ゆかりの人たちでつくる、みやぎ会津会(須佐尚康(たかやす)会長)主催の「戊辰150年記念シンポジウムin仙台―魂を継ぎ、未来へ」が27日、仙台市青葉区で開かれた。

150年前に戊辰戦争の戦端が、京都の鳥羽・伏見で切られた日(慶応4年1月3日、太陽暦で1868年1月27日)に合わせて企画。会津や、会津藩が移封された斗南藩のあった青森県から識者や藩士の末裔(まつえい)らが参加。苦難を乗り越えた先人への思いや次世代へのメッセージを語った。

登壇したのは須佐会長と室井照平会津若松市長、新城猪之吉末廣酒造社長(会津若松市)。青森県からは斗南会津会の目時紀朗相談役と八戸中央高の滝尻善英教頭が参加した。

室井市長は「(戦争で故郷を滅ぼされた)先人は悔しかったと思う。しかし会津の人も人を殺した。この恨みの連鎖をどう断ち切ればいいのかと考えている。日本人同士の戦いは二度とないと思うが、そう思う機会にしたい。愚直であっても歴史をしっかり伝えていきたい」と語った。

新城社長は「会津藩士で七十七銀行頭取の遠藤敬止の顕彰会長を務めている。明治政府が鶴ケ城を競売に掛けた時、松平家が落札するのを助けたのが遠藤。その支援がなければ城は住宅地になっていた」「会津には誇れる人物が多い。全会津が一つになり、会津の歩んできた道を認識し誇りを持つべき」と訴えた。

目時相談役は、母方の高祖父らが斗南藩に移り、現在のむつ市で過酷な開拓生活を送ったことを語り「くじけず信念を貫いた会津人の生き方が人生の支え」「若者には古里、祖先と対話し社会に貢献できる人に育ってほしい」と述べた。

父方の祖母が会津藩士の娘と言う滝尻教頭は、戊辰戦争で戦った娘子隊(じょうし)の中野優子(中野竹子の妹)が八戸市で後半生を送り、市内に墓があることを紹介し「若者には、苦境からはい上がった斗南の人々の『逆境力』に学んでほしい」と訴えた。

金山町出身の須佐会長は「『会津の男だろ』『負けてはならぬぞ』と言われ育った。10年ほど前、みやぎ会津会を結成したのは若者に古里の思いを伝えたかったからだった」と述べた。

会津松平家の14代当主保久(もりひさ)さんの代理として長男親保(ちかもり)さん(19)も「150年の節目。会津について、これまで以上に考える1年にしたい」とあいさつした。懇親会には村井嘉浩宮城県知事をはじめ約160人が参加。みやぎ会津会の「設立10周年記念誌」が配布され、会津山都そば協力会(鈴木勝会長)によりそばが振る舞われた。