先人らの労苦追体験 会津藩と長岡藩のきずな・八十里越歴史ウオーク

参加者は懸命に山道を越え、沢を渡り、長岡藩士らをしのんだ

戊辰戦争で西軍に長岡城を奪われた長岡藩士らが会津に向かう際にたどった街道「八十里越」を歩く「会津藩と長岡藩のきずな・八十里越歴史ウオークと講演会」は1日、只見町で行われた。険しい山道を踏みしめた参加者は会津藩とともに戦った長岡藩士や温かく迎えた只見の人々に思いをはせた。

戊辰150年を記念し、會津新選組同好会が主催した。約20人が参加した。一行は午前8時ごろ、同町の浅草岳入叶津登山口を出発し、同町と新潟県三条市を結ぶ八十里越の一部区間を歩いた。

参加者は沢を渡り、急斜面を登り、先人らの労苦を追体験した。同県長岡市から参加した広井晃さん(63)は「藩士と共に女性や子どもたちもこの道を越えた。大変な思いをしたということが分かった」と話した。

午後には、同町の季の郷湯ら里で会津只見史談会の長谷部忠夫理事が講演。長谷部理事は逃れてきた長岡藩士らを受け入れた当時の只見の状況を説明した。

八十里越を守り、西軍と対峙(たいじ)した会津藩士相沢平右衛門のやしゃごで、同会局長の佐藤功武(よしたけ)さん(63)は「つらい峠道を歩いた長岡藩の人々や先祖の思いに触れることができた」と話した。