白河、不変の「仁」 萩市長ら参加、戊辰戦争の合同慰霊祭

国を思い散った東西両軍の魂に祈りをささげる関係者=白河市・白河文化交流館コミネス

戊辰戦争の命運を分けたともいわれる「白河口の戦い」の舞台となった白河市で14日、東西両軍の慰霊と融和の願いが込められた「甦(よみがえ)る『仁』のこころ 合同慰霊祭」が厳かに執り行われた。関係者が戦死者に祈りをささげるとともに、両軍の戦死者を分け隔てなく弔い、東西の融和を目指した白河の先人の「仁」を見つめ直した。

「白河の地から近代日本を形づくる『一体感』と『融和の精神』が育まれ、全国に広まった」。ビデオメッセージを寄せた安倍晋三首相は、両軍を弔った白河の先人をそうたたえた。慰霊祭には東軍側ばかりでなく、西軍として戦った山口県萩市(長州藩)鹿児島市(薩摩藩)など全国各地から約千人が出席。「白河踊り」が伝わる藤道健二萩市長は終了後、「一部に遺恨が残っている可能性があるのは事実。行政が橋渡し役となり、『和解』は難しくても『理解』を進めていく」と一層の融和を約束した。

合同慰霊祭では、鈴木和夫白河市長が「歴史を再検証し、白河の土地柄、人柄を見つめ直したい」とあいさつ。最後の白河藩主阿部家の22代当主阿部正靖さんが祭文を読み上げ、県神社庁西白河支部の宮司らが大祓を行った。白河仏教会の僧侶の読経に合わせて各団体の代表者が献花し、戦死者を慰霊した。

◆「歴史的な一歩」 関係者、先人に思い

戊辰戦争から150年の時を経た現在も、国を思って殉じた東西両軍の先人の慰霊が続く白河市で同日、厳かに営まれた合同慰霊祭。出席した両軍関係者は、白河の先人が150年前に体現した「仁」に、思いを交錯させた。

開催に奔走した白河戊辰150周年記念事業実行委員会の人見光太郎会長は(75)は「少しでも福島と山口の距離が近づいてくれたらうれしい」と願う。PRのため白河市から新潟県上越市までの約350キロを歩く「釜子上越旅日記」を挙行した白河青年会議所の有賀一裕理事長(36)は「慰霊祭が未来に向けての日本の発展につながると信じている」と望む。

山口県では萩市を中心に、白河から持ち帰った盆踊りが「白河踊り」として今も残る。白河踊りを研究する中原正男さん(67)=萩市=は、両軍の関係者が献花する姿に「白河でしかできない合同慰霊祭で感動を覚えた」と感慨深げ。長州と会津の友好を考える会代表の山本貞寿さん(79)=萩市=は「公的レベルでは会津と長州は和解できないと考えている。将来、白河が歴史のわだかまりを解決することを願っている」と、白河のさらなる「仁」に期待を寄せた。

会場には、幕末を彩った志士たちの子孫も駆け付けた。勝海舟の子孫に当たる高山みな子さん(56)=神奈川県=は「ここまで多くの東西両軍の関係者が集まる機会はなく、歴史的な一歩。会津と長州の新たな交流を見たかった」。新選組局長・近藤勇と血縁関係のある宮川清志さん(42)=茨城県=は「立場によって戊辰戦争への考えは違うが、慰霊祭を機に自身の歴史、ルーツを再確認してほしい」と歴史を学ぶ重要性を訴えた。

◆首長、友好誓い合う

合同慰霊祭には旧長州藩の藤道健二萩市長をはじめ、旧薩摩藩の森博幸鹿児島市長ら全国の多くの首長が参列。終了後は鈴木和夫白河市長、三保恵一二本松市長と固く握手し、今後の友好を誓い合った。慰霊祭に先立ち、両軍の慰霊碑がある白河市の稲荷山を墓参した藤道市長は「行政だけでなく、住民同士の相互理解が大切」と指摘。白河、萩両市は「白河踊り」を縁にした交流が進んでおり、8月には子どもたち同士の交流も行う予定だ。

森市長は「互いに日本の将来を考えて行動した結果で、日本を背負う熱い思いは同じだったはず」と両軍の思いを代弁。「『仁』の心を持って、薩摩藩士が白河で供養されていることを子どもたちに語り継いでいく」と語った。

一方、三保市長は「150年の時を超えての再会は感慨深い。これを契機に地域交流を進めていく」と約束。鈴木市長は「150年の節目は(平成が終わるという)時代の節目でもある。新たな国造りに向けて大きな意義があった」と充実感を漂わせた。