剣豪・森要蔵しのぶ 6月に80年ぶり法要、西郷の有志ら墓も修繕へ

戊辰殉国者70周忌法要の際に大龍寺に送られた野間清治直筆の手紙

戊辰戦争の白河口の戦いの一つ、戸の内の戦い(福島県西郷村下羽太地区)で散った剣豪・森要蔵が眠る西郷村の大龍寺で6月30日、80年ぶりとなる法要が行われる。森は千葉周作を開祖とする北辰一刀流の使い手で、千葉道場四天王の一人と称され、熊本藩生まれながら幕府側で最期を迎えた。森の生きざまなどを後世に伝えようと、戊辰150年に合わせて、同村商工会と地元有志が法要を行い、老朽化した墓も修繕する。

「森は最後の出撃を前に(世話になった礼として)寝泊まりしていた民家に(武士の魂の)小刀を託した」「西軍が押し入った民家に赤子がいて、西軍が殺そうとしたが、会津藩が助けた」。戸の内の戦いに関する資料はあまり村に残っておらず、商工会の大高紀元会長(70)は戦禍を生き延びた住民から伝え聞いた話を披露した。

「森要蔵は最後の武士。その存在は村にとって財産であり、法要を地域の歴史を再確認する機会にしたい」。大高会長は、森の墓を戊辰戦争の象徴の一つと位置付けており、寄付を募るなどして法要までに再整備する考えだ。70周忌法要には大高会長の祖父も参加したといい、80年ぶりの法要を通して、大高会長は歴史の保存と、いまだ解明されていない戊辰戦争の調査の進展に期待を寄せる。

森は講談社の創設者野間清治の祖父としても知られている。70周忌法要では清冶が感謝の言葉をつづった手紙4通を同寺に送っており、手紙は今でも寺に保管されている。

大高会長と内藤信光住職(68)は「講談社の関係者も呼ぶ予定だ。150周年の節目に東西両軍関係なく、国を思い散った先人に村一体となって手を合わせたい」と話した。