会津の女性の逸話紹介 会津若松で作家・中村彰彦さん講演

講演する中村さん

戊辰戦争時に西軍が砲台を据え、会津藩が籠城する鶴ケ城に向かってアームストロング砲を放った会津若松市の小田山や会津の女性について学ぶ講演会は3日、同市で開かれ、直木賞作家で本紙連載「維新再考」の第1部「識者に聞く」にも登場した中村彰彦さんが同戦争の歴史を語った。

小田山などの里山再生に取り組む同市のNPO法人はるなか(佐藤光信理事長)の主催。同NPOが中村さんを講師に招くのは5回目で、戊辰150年に合わせ、「幕末のヒロインたちパート3~小田山の戦略上の問題点と籠城女性たちについて」をテーマとした。約230人が参加した。

中村さんは中世から戦略上重要な拠点だった小田山の歴史を語り、「大砲の時代となった戊辰戦争では鶴ケ城への射程の小田山を占拠されたことが大きな痛手となった。山を突き崩し平地にすることが提案されたほどだ」と語った。

中村さんは、地方の藩から江戸にあった幕府直轄の教学機関・施設「昌平坂学問所」に入学した人数と石高を分析した結果も示し、「入学人数では会津藩は佐賀、仙台、薩摩に次ぐ4位だが、石高の分析を加えると会津藩は2位となる」と、藩校日新館の優秀さを強調した。

活躍した女性については、娘子(じょうし)隊の一員として奮戦した中野竹子や妹の優子、NHK大河ドラマでも取り上げられた新島(旧姓山本)八重、大山(旧姓山川)捨松などを挙げ、エピソードを紹介した。自刃した会津藩士神保修理の妻雪子については、最期の様子を詳しく語った。