幕末の会津女性しのぶ 会津若松で奈与竹之碑碑前祭 

「女白虎隊」の舞踊を披露する葵高舞踊部の生徒

戊辰戦争で花と散った会津藩の女性を慰霊、顕彰する「奈与竹之碑(なよたけのひ)碑前祭」は1日、会津若松市北青木の善龍寺で行われた。関係者や遺族が殉難者の霊に祈りをささげたほか、舞踊やなぎなた演武が披露された。

同市の嫋竹会(吉田幸代会長)の主催。吉田会長が「残していただいたすべての意義を正しく後世に伝え、顕彰を続けることを誓います」と祭文を読み上げ、室井照平市長らが追悼の言葉を述べた。献花や読経、焼香に続き、国壮流会津日新吟詠会が詩吟を吟じた。

謹教小合唱部15人が「なよたけの歌」を奉納し、葵高舞踊部員4人による「女白虎隊」の舞踊、同校なぎなた部員15人によるなぎなた演武も披露された。女子生徒のりりしい舞踊や演武は自らを信じて戦った会津藩の女性と重なり、参列者の胸を打った。舞踊部の部長(3年)は「会津の女性の気持ちを受け継いでいきたい」、なぎなた部の部長(同)は「今年は戊辰150年の節目。多くの方になぎなたを知ってほしい」と話した。

奈与竹之碑は90年前の1928(昭和3)年に有志の寄付で建立され、名前が分かった233人の名が刻まれている。碑の名前は会津藩家老西郷頼母の妻千重子の辞世の句「なよ竹の 風にまかする 身ながらも たわまぬ節は ありとこそ聞け」から名付けられた。

なぎなたの演武を披露する葵高なぎなた部の生徒