山川浩友好の懸け橋に 会津若松で歴史講座、足跡たどる

「山川浩の思いを多くの人に知ってほしい」と話す中野さん(左)と遠藤さん

 戊辰150年にちなみ、会津若松市歴史資料センター「まなべこ」で13日に開かれた歴史文化講座「鳥羽伏見の戦いと山川浩」では、来場者が鳥羽・伏見の戦いに敗れ、紀州(現在の和歌山県)に逃れた会津藩士山川浩の足跡を学んだ。

 紀州に逃れた山川は熱病にかかり、小松原村(現御坊市)の中屋旅館に滞在し闘病生活を送った。明治時代になって、山川は助けてもらったお礼として会津漆器の椀(わん)や大皿を、同旅館を営んでいた中野家に贈った。

 山川は会津藩家老で、会津戦争では新政府軍に包囲された鶴ケ城に彼岸獅子舞を奏して入城に成功した「知将」としても知られる。

 講座では、遠藤由紀子昭和女子大講師と中野家末裔(まつえい)の中野健さん(64)=横浜市在住=が講師を務めた。

 中野さんは、お礼の品が実家で代々受け継がれてきたことを説明し「(戊辰150年の節目に)埋もれていた史実が日の目を見た。山川浩の思いが会津と御坊市の友好の懸け橋になってほしい」と語った。山川の次女ミワのひ孫に当たる鵜沢佳子さん(72)=東京都在住=も駆け付け「先祖ゆかりの品が見つかってうれしい。(山川浩の業績について本を書いた)天国の祖父も喜んでいるはず」と述べた。