若松市民、熊本で佐川官兵衛しのぶ 九州の会津藩士ゆかりの地訪問

新たに建設された佐川官兵衛顕彰碑前で手を合わせる室井市長(左)、興梠熊本佐川官兵衛顕彰会長(左から2人目)ら

九州の会津藩士ゆかりの地を訪ねる「第19回会津若松市民親善交流推進事業」は初日の9日、「鬼官兵衛」と呼ばれた幕末の会津藩家老・佐川官兵衛戦死の地の熊本県南阿蘇村などを訪れた。訪問団は顕彰碑で手を合わせ、地元の人々に「鬼さま」と慕われた佐川をしのんだ。

民間交流や相互親善を目的に毎年、全国の同市ゆかりの地を巡っている。今回は室井照平市長や目黒章三郎市議会議長、公募の市民ら計102人で構成した。

戊辰戦争では各地で奮戦し、警視庁に入り西南戦争に参加した佐川が討ち死にした地にあった顕彰碑は2016(平成28)年の熊本地震で三つに折れたが、会津と熊本の佐川官兵衛顕彰会が昨春、新たに胸像付きの顕彰碑を建立した。

訪問団は興梠(こうろぎ)二雄(つぐお)熊本佐川官兵衛顕彰会長(89)らの案内で現地を訪れ、鬼官兵衛記念館や本陣跡、佐川が出陣前に身を清めたとされる明神池などを見学し遺徳をしのんだ。興梠会長は「会津から一度にこれだけ多くの人が訪れたのは初めて。末永く交流を続けていきたい」と語った。

◆南阿蘇村と親善交流

同日は南阿蘇鉄道のトロッコ列車にも乗車し、南阿蘇村との親善交流会も開かれた。訪問団長の小林正一市区長会長、室井市長のあいさつに続き、吉良清一南阿蘇村長が「略奪や暴行を禁じ、弱い者を助ける佐川の会津人気質に共感する」と歓迎の言葉を述べた。記念品交換も行われた。

訪問団は10、11の両日、戊辰戦争で会津藩の責任を一身に背負い自刃した萱野権兵衛の次男で会津藩の誇りを守ろうと16歳で自刃した郡長正の墓や母校、東京帝国代総長などを務めた会津出身の山川健次郎の胸像がある九州大伊都キャンパスなどを訪れる。