若松市民、郡長正を供養 会津藩家老次男、九州で自刃の16歳

郡長正の墓前で手を合わせる訪問団

戊辰戦争や旧会津藩士の歴史的なつながりから九州を訪問している「第19回会津若松市民親善交流推進事業」の訪問団は第2日の10日、戊辰戦争で会津藩の責任を一身に背負い自刃した同藩家老萱野権兵衛の次男で会津藩の誇りを守ろうと16歳で自刃した郡長正の墓がある福岡県みやこ町などを訪れた。

長正は家名断絶後、萱野から、先祖の姓の郡に改称した。1870(明治3)年に斗南(となみ)藩(旧会津藩)再興の期待を託され小笠原藩校育徳館に留学したが、翌年切腹した。

命日の5月1日に墓前供養を続けている豊津郷土史会郡長正・秋月藩士顕彰会(榊利文会長)の案内で甲(かぶと)塚墓地にひっそりとたたずむ長正の墓を訪ねた訪問団一行は、会津武士としての生きざまを貫いた長正をしのびながら静かに献花、焼香した。榊会長は「われわれも会津を訪問させていただきながら、今後も交流を続けていきたい」と語った。