「節目の年、不思議な縁」 棚倉城跡が国史跡に、白虎隊士墳墓域は登録記念物

棚倉城跡=棚倉町棚倉

「戊辰150年」の節目に、文化財としての価値が再評価された。国の文化審議会からそれぞれ国史跡、登録記念物(遺跡関係)とするよう答申された「棚倉城跡」(棚倉町)と「会津飯盛山白虎隊士墳墓域」(会津若松市)。中でも同墳墓域は、城郭として史跡指定されたものを除けば、戊辰戦争ゆかりの地で国の指定・登録となるのは初めてという。150年の時を超え、関係者はその重みを胸に刻んだ。

「あと数年早くてもよかったくらいだが、結果的には良いタイミング。戊辰戦争で落城した棚倉城跡に注目が集まる節目の年に歴史的価値が認められたことに、不思議な縁を感じる」。棚倉町文化財保護審議会長の菅原海淳さん(72)は吉報に目を細めた。

町教委は2012(平成24)年から、棚倉城跡の国史跡指定を目指し、発掘調査を本格化させていた。今後、専門家の意見を聞きながら保存・活用計画の策定を検討するという。

流廃寺跡など、同町には国指定文化財が既に7件あり、町は歴史を生かした町おこしを進めている。しかし菅原さんは、町の歴史に対する町民の関心が低いと感じている。「城跡の魅力を町外にPRして観光を活性化させるだけでなく、町民が自分たちの町を見つめ直し、歴史に興味を持つきっかけにしてほしい」と願いを込めた。

白虎隊士の墓の前に立つ芳賀理事長。「150年たってやっと公に認められる存在になった」と感慨にふける

◆白虎隊聖地に光

白虎隊士らの慰霊や墳墓域の整備を行っている会津弔霊義会の芳賀公平理事長(76)は「朝敵、賊軍呼ばわりされる理不尽に対し、義をもって身を挺(てい)した白虎隊士の聖地ともいうべき場所が、150年たってやっと公に認められる存在になった」と登録の意義を強調した。

市教委の近藤真佐夫文化課主査(61)は「登録で観光地から文化財へと位置付けが変わる。これを機に、白虎隊に関する新しい情報が寄せられれば研究も進む」と”新事実”の解明も見据える。

墓域は1883(明治16)年から段階的に整備され、会津人による慰霊の歴史が凝縮した場所。墓域の土地を明治期に寄進した山主飯盛本家の飯盛正徳当主(58)は「先人たちは白虎隊を誇りにしてきた。さざえ堂、旧滝沢本陣に加え、飯盛山エリアで三つ目の国の文化財になる。参拝者も増えてくるはず」と期待する。