会津と各藩「義」貫く 先人の努力継承を、会津若松で歴史文化講演会

戊辰戦争の会津藩と徳川幕府をテーマに語り合う(左2人目から)松平氏、伊達氏、上杉氏、南部氏、酒井氏、丹羽氏、柳沢氏、左は白石氏=会津大

戊辰150年に合わせた歴史文化講演会「戊辰戦争 会津藩と徳川幕府」が21日、会津大で開かれた。会津、庄内両藩や奥羽越列藩同盟で主力を担った各藩の当主がパネル討論で同盟の意義などを語り、「先人の努力で平和な社会が成立したことを忘れず、未来につなげる役目がある」と結論付けた。

約450人が来場した。会津松平家14代当主の松平保久(もりひさ)氏(64)、庄内酒井家18代当主の酒井忠久氏(72)、仙台伊達家18代当主の伊達泰宗氏(59)、二本松丹羽家18代当主の丹羽長聰(ながとし)氏(74)、米沢上杉家17代当主の上杉邦憲氏(75)、盛岡南部家46代当主の南部利文氏(48)が登壇し、在京の会津出身者でつくる「会津会」会長の柳沢秀夫氏(65)が加わった。進行役は漢字文化振興協会の白石宗靖(むねはる)常務理事・事務局長(85)が務めた。

当主らは各藩の置かれた状況を語り、戊辰戦争が新政府軍の「大義なき侵略」を目的に行われ、「義」の在り方に対する疑問が東北、越後諸藩の同盟成立につながったとした。

松平氏は「戊辰戦争は明確な侵略戦争。民に塗炭の苦しみを与えることが分かっていて、なぜ推し進めたのか理解できない」と指摘し、柳沢氏は「過去を変えることはできないが、今の時代に生きる者が何を教訓にし、未来に向けてどう生かすかが大切」と語った。

討論に先立ち、徳川宗家18代当主で徳川記念財団理事長の徳川恒孝(つねなり)氏(78)が「江戸時代に築かれた日本の基礎」の題で講演、「武」から「文」に大転換した江戸時代に平和の基礎が築かれたことを語った。漢字文化振興協会長の石川忠久氏(86)は戊辰戦争に関係する漢詩を紹介した。「戊辰戦争から150年、これからの街づくり」をテーマにした鼎談(ていだん)も行われた。

会津と京都のつながりをテーマに語り合う(左から)柳沢氏、室井市長、村上副市長

【鼎談】若松と京都の絆を確認 今後の交流活発化へ

会津若松市の室井照平市長、会津藩と縁が深い京都市の村上圭子副市長、「会津会」会長の柳沢秀夫氏が「戊辰戦争から150年、これからの街づくり」と題して鼎談(ていだん)し、幕末の歴史を背景に生まれた両市の絆を確認した。

戊辰戦争後の街の状況について、室井市長が「商業者が焼け野原の街を再生させ、会津漆器が発展した」と語ると、村上副市長は天皇の東京遷都に触れ「公家や商人が東京に移住し、商工業は痛手を受け、人口も大幅に減少したが、文化振興や産業振興で乗り越えた」と述べた。柳沢氏は「明治初めの会津と京都は復興から始まる」と応じた。

会津藩との関わりについて、村上副市長は「大河ドラマ『八重の桜』をきっかけに、京都では会津に改めて感謝する機運が高まった」と説明。柳沢氏は「京都市には会津ゆかりのスポットがあり、ぜひ観光パンフレットで紹介してほしい」と求め、室井市長も「ぜひ活発に交流して発展につなげよう」と呼び掛けた。

文化講演会は漢字文化振興協会、徳川記念財団、福島民友新聞社の主催、戊辰150周年記念事業実行委員会の共催、県、会津若松市、市教委、読売新聞東京本社福島支局、福島中央テレビ、ふくしまFMの後援、弓田建設、会津商工信用組合、会津若松商工会議所、会津若松観光ビューローの協賛、会津まつり協会の協力。