【維新再考・識者に聞く】森田 健司さん(3) 戦争の本質、庶民も把握

◆旧幕府軍の乱れ揶揄

江戸時代の庶民の視点から幕末、戊辰戦争を検証している大阪学院大教授の森田健司さん。判(はん)じ物(もの)で表現された諷刺(ふうし)錦絵から民意を探る連載第3回は、迫り来る新政府軍に対する江戸庶民の心情を解き明かす。

1868(慶応4)年1月3日に始まった鳥羽・伏見の戦いに快勝した新政府軍は、その直後、将軍徳川慶喜の追討令を出した。「先に挙兵したのは許し難い」との趣旨で事実無根も甚だしい。新政府軍はあえて誤報を流し慶喜が「悪」だと広めた。

追討令から約1カ月後、新政府軍は東に向かって進軍を始める。目的地の江戸では、繰り返し出される町触(まちぶれ)によって大まかな状況が庶民にも伝えられていた。少なくとも2月ごろには、戊辰戦争の勃発やその意味を庶民は知っていたようだ。

(森田健司さん所蔵)

(森田健司さん所蔵)諷刺錦絵
「幼童遊び子をとろ子をとろ」

 

諷刺錦絵の初期作品である2月発行の「幼童(おさな)遊び子をとろ子をとろ」を紹介したい。

作者は3代目歌川広重(1842~94年)。一見すると、ただの「子どもの遊び」を描いただけに見えるが、戊辰戦争の状況を諷刺している。

題材は鬼遊びの一種である「子供遊び」。ルールは、二手に分かれた子どもが親(鬼)を先頭に1列になり、親が相手の最後尾の子どもを捕まえ、自らの列に加えていくもの。親は両手を広げて最後尾を守り、列が長い方が勝ちとなる。

謎解きの鍵は着物に隠されている。左側上にいる頭を両手で押さえた子は、着物の柄が梯子(はしご)か欄干で「一橋」を連想させて徳川慶喜。その下で指を差すのは蛤(はまぐり)模様で「桑名名物の焼蛤」を連想させて桑名藩。背中の「會(かい)」の文字に似たロゴの子が会津藩で、両手を広げて迎え撃つ姿で描かれる。

右側の先頭は織物の技法の一つ「絣(かすり)」の着物から、絣が特産の薩摩藩。次は着物の柄が大根(尾張大根)で徳川御三家の尾張藩(東海道の諸藩を説得し新政府軍の通過を容易にした)、着物の柄が亀の甲羅(高知とかけた)の土佐藩と続く。最後尾の大柄の子は着物の柄が萩のため長州藩だ。

つまり左側が旧幕府軍、右側が新政府軍である。新政府軍は列を組んだ進軍を意味する一方、旧幕府軍はばらばらで戦(いくさ)の体制が整っていないことを揶揄(やゆ)する。ちなみに右上の女性は天皇家から徳川家に嫁いだ「和宮(かずのみや)」で、背負われている子は田安亀之助(後に徳川宗家を継ぐ徳川家達)だ。

旧幕府軍側の慶喜は「ヲイ相棒(会津藩)ちゃん しっかりやんなえ 後ろに俺がついているから 大丈夫」と言っている。けしかけられた会津藩は「あとの子」が自分たちの陣営に欲しいと話している。

「あとの子」とは、新政府軍側の最後尾の長州藩(画面中央)が背負う幼児のことである。着物にある「金」の字から今上天皇、つまり明治天皇を表している。当時、明治天皇は15歳だが、新政府軍から庇護(ひご)された存在とみられており、諷刺錦絵では幼児として描かれることが多かった。

江戸の庶民は旧幕府軍側を応援し、慶喜が指揮しないなら「会津藩に先鋒(せんぽう)に立ってほしい」と願った。子供遊びという構図を通して、新政府軍に担がれた明治天皇を、旧幕府軍が取り返そうとすることも表した。戊辰戦争の本質が「天皇を味方につけた陣営の勝ち」ときちんと理解していたのだ。 

◆政治色隠す作り込み 

1868(慶応4)年1月に出された、徳川慶喜を朝敵と名指しした追討令は、京都や大坂の上方では瓦版として売り出された。一方、江戸では、時事問題を伝える瓦版と鑑賞用の錦絵が合体し、瓦版化した錦絵である「諷刺(ふうし)錦絵」が多く発行されていく。

江戸の諷刺錦絵は、上方の瓦版に比べ圧倒的に作り込まれている。これは政治的な内容をカムフラージュするためだ。旧幕府による取り締まりを警戒し、万が一、役人に捕まっても、さまざまな角度から言い訳できるように考え出された方法だった。

今回紹介した「幼童遊び子をとろ子をとろ」は、届け出を行い、改印をもらった上で印刷するという、定められた手続きを踏んだ合法的な錦絵である。しかし、この後に出版された諷刺錦絵の多くは、届け出を行わない非合法な出版物となる。

後に非合法出版ばかりとなる理由としては、旧幕府の法制が実効性を失いつつあったこと、役人自体も弱体化していたこと、そして、届け出ても許可が難しい内容になっていたこと、などが挙げられるだろう。

 もりた・けんじ 1974(昭和49)年、神戸市生まれ。京大経済学部卒、京大大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。現在は大阪学院大経済学部教授。専門は社会思想史で、特に江戸時代の庶民思想の研究に注力している。著書に「明治維新という幻想」「江戸の瓦版」などがある。

 ※「戊辰戦争」「明治維新」を新たな視点で問い直す長期大型連載「維新再考」は、引き続き福島民友新聞で毎週月曜日に掲載します。どうぞお読み下さい。