【維新再考・識者に聞く】森田 健司さん(4) 無血開城、皮肉な舞台裏

 ◆激動の世、敵味方一変

江戸時代の庶民の視点から幕末や戊辰戦争を検証している大阪学院大教授の森田健司さん。第4回は、新政府軍に江戸城を明け渡した戊辰戦争の重大局面「江戸無血開城」に対する江戸の庶民の心情をみる。

新政府軍の西郷隆盛(薩摩藩)と旧幕府陸軍総裁の勝海舟(幕臣)らが1868(慶応4)年3月から交渉を進め、4月11日に江戸城の平和的開城が成立した。紹介する錦絵は「浮世風呂一ト口文句(うきよぶろひとくちもんく)」で、銭湯にて裸の男がひしめく一枚だ。非合法出版で制作時期は不明だが、内容から開城の直前か直後とみられる。

錦絵を読み解いていく。画面右の番台に座る女性は天皇家から徳川家に嫁いだ「和宮(かずのみや)」。横に座ってたらいから手ぬぐいを垂らす男は会津藩。手ぬぐいに「若」(若松)の字がある。会津藩の背中を洗う浴場従業員(三助)は、蛤柄(はまぐりがら)の手ぬぐいを額に巻くため桑名藩(名物が焼き蛤)だ。

(森田健司さん所蔵)

(森田健司さん所蔵)江戸無血開城の前後に
発行された諷刺錦絵「浮世風呂一ト口文句」

 

会津藩と桑名藩のセリフが興味深い。会津藩は「年明けに大患(おおわずら)いをしたが 今では大丈夫になったよ もうどんな強いやつがきても 指でも差させやしねえ」と語る。鳥羽・伏見の戦いで勇猛果敢に戦い、多くの死傷者を出した会津藩の状況を踏まえ、「もう大丈夫。いかなる敵にも負けない」と庶民の期待を込めた。

桑名藩は「だんな あなたの背中は まことにきれいでござります」と語る。これも庶民の気持ちを知る上で重要だ。「危うい状況でも徳川家のために全力で戦った会津藩は背中がきれい」との意。庶民は君臣の義を大切に思っていた。

幕末の会津藩主・松平容保(かたもり)と桑名藩主・松平定敬(さだあき)は実の兄弟である。二人は京で15代将軍徳川慶喜(一橋徳川家元当主)とともに政権を握っていた。錦絵で慶喜はどこにいるかというと、画面の一番左、風呂の上がり淵(ふち)に腰をかけて腕を組む人物である。垂らした手ぬぐいの欄干模様が一橋徳川家の「橋」を指している。

慶喜は「家持の嫡孫(跡取りの孫)とはおれのこと」(意訳)と不思議なセリフを話す。「家持」を「いえもち」と読み替えると、14代将軍家茂との関係を示し強がっていると分かる。慶喜はすでに将軍を辞し謹慎していたが、庶民による慶喜の再任や、旧幕府を応援する気持ちが表れている。

新政府軍の中心である薩摩藩は画面左側上部で、中央の柱から2人目の顔を大きくゆがめた男だ。手ぬぐいの柄が「籠」と「縞(しま)」で「かごしま」(鹿児島=薩摩)となる。セリフは「江戸城を攻撃したいが『義理』があってできない」(意訳)と言っている。

義理とは、一貫して徳川家の味方だった和宮と、薩摩藩から徳川家に嫁いだ「天璋院(てんしょういん)」の存在だ。天皇家の権威で快進撃を続けた新政府軍にとって和宮のいる江戸城は攻撃できない。さらに薩摩藩は天璋院も厄介だった。義理に反するこの状況を錦絵の制作者が正確に把握していたのだ。

蛇足だが、和宮の前掛けの模様は異彩を放つ「クモの巣」である。これは巣と有栖川宮熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王の「栖」を掛けている。熾仁親王は新政府軍の東征大総督として旧幕府軍追討のため4月に江戸に入った。徳川家の敵の指揮官となった熾仁親王は、かつて和宮と婚約していた仲だった。だが和宮は婚約を破棄し、将軍家茂に嫁いだ経緯がある。

錦絵の制作者は、ロマンチックな意味付けに熾仁親王を連想させる柄を描いたのだろうか。恐らく違う。制作者は「運命の皮肉さ」「歴史の残酷さ」を表現したかったのではないか。このわずかな要素によって、裸の男だらけの錦絵に深い味わいが生まれた。江戸の庶民文化の豊かさをしみじみと感じさせられる。

◆大名の情報武鑑で把握

諷刺(ふうし)錦絵を読み解くヒントとして、最も多用されたのが諸大名の家紋だ。例えば、人物の着物に家紋を描き込むことで、それがある藩を擬人化したものであると暗示する。

江戸の庶民は大名の家紋を目にする機会があった。むしろよく知っていたといえる。それは大名の姓名や家紋、出自、職務、石高、主たる家臣の名前が記された名鑑である「武鑑(ぶかん)」が出版されていたためだ。

武鑑の始まりは江戸時代前期とされる。民間の書店からほぼ毎年、改訂新版が刊行された。商人は武鑑を必ず購入し熟読した。大名の情報を把握しておかなければ、商品注文に適切に対応できないからだ。

商人以外でも、大名がどういった人で、江戸藩邸がどこにあるのかなどの情報は知っておくべき常識だった。諷刺錦絵は、大名のデータを把握しておかなければ読み解けない。前提として武鑑の存在があったのだ。

もりた・けんじ 1974(昭和49)年、神戸市生まれ。京大経済学部卒、京大大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。現在は大阪学院大経済学部教授。専門は社会思想史で、特に江戸時代の庶民思想の研究に注力している。著書に「明治維新という幻想」「江戸の瓦版」などがある。

 ※「戊辰戦争」「明治維新」を新たな視点で問い直す長期大型連載「維新再考」は、引き続き福島民友新聞で毎週月曜日に掲載します。どうぞお読み下さい。