【維新再考・明日への伝言】現代編2 敵味方の壁、壊す出会い

今年7月、会津若松市で上演された、てづくり舞台の1シーン

戊辰戦争から150年。その歴史は各地で語り継がれ、土地と土地との間に「遺恨」や「しこり」が今もあるといわれる半面、かつての「いきさつ」を遠い昔のことととらえる人々も多い。そんな現代の視点から、本県と長州(山口県)との間で、いろいろな形で響き合う人々の気持ちを考えた。

◆響き合う気持ち

会津若松市の會津風雅堂で7月、「市民参加のてづくり舞台」の演劇が上演された。タイトルは「長い、会い直し~會長幾星霜」。

現代の会津の家庭で、娘が結婚を約束した男性を連れてきた。この男性が山口県、つまり長州出身。すると戊辰戦争の歴史に深い思いを抱く祖父が波乱を巻き起こし―。会津の悲劇の歴史を背景にしたホームドラマだ。

制作を担当した同市の渡辺功さん(67)は「スタッフや出演者は盛り上がった。藩士の子孫もいたが、全体に遺恨にこだわる雰囲気はなかった」。舞台を主催する会津若松文化振興財団の渡辺秀典さん(28)も「今の若い世代に、相手の出身地にこだわりはない」と、物語の背景についてはクールだ。

ただ、会津と長州の男女の結婚を絡めた現代ドラマは何度か作品化されている。同じ設定の劇「早春譜」が22年前、てづくり舞台事業の第1作として上演された。今回は、戊辰150年の節目の作品を検討した結果「早春譜」を原案に新しい脚本が書かれた。福島中央テレビも似た筋立てのドラマを2016年に制作、放送している。

◆「白河踊り」山口で継承

遺恨など昔のものと関係者は言うが、福島の人々は会津と長州の結婚物語に引き付けられるのではないか。そう考え調べていると、150年前の戦争の記憶をロマンスとともに伝えているという点で共通するものが、長州、山口県にあった。それも同じ「芸能」だ。

「白河踊り」は、戊辰戦争の際、白河に駐留した長州藩などの兵士が故郷に持ち帰り、伝えたという盆踊り。現在も山口県内の82地区で継承され、途絶えた地区を含めると100地区以上で確認されていると、白河踊りを調査し著作「白河踊り」をまとめた萩市の中原正男さん(68)は話す。

中原さんが白河踊りを初めて知ったのは40年前。萩市の隣町、阿武町の奈古地区で踊られている盆踊りが、戊辰戦争を契機に伝わったものだと聞いた。さらに12年前、同市の山間部、佐々並地区で白河踊りと再会した。そして他の5、6地区でも踊られていることを聞き、調べると芋づる式に継承されている地区が十数カ所分かった。歌が録音されたテープも集まった。次は「本家の踊り」も知りたいと、白河市の人との間で手紙や資料のやりとりも始まった。

オリジナルと山口の踊りは、メロディーとテンポは異なるが、歌詞は各地で少しずつ違いながらも「そろうた そろうたよ 踊り子がそろうた」など共通点があった。

これをきっかけに白河、萩両市の交流も始まり今年8月には、両市の子どもたちが白河踊りを踊る交流事業が萩市で行われた。

白河踊りを踊る、白河、萩両市の市民と児童ら=山口県萩市

「不思議なことでしょ」と言いながら中原さんは、踊りが伝えられ広まった理由を推察する。

「戊辰戦争で奥州へ行ったのは20歳前後の若い兵士たち。白河では激戦後、長州と大垣両藩の部隊約30人が残った。夜になると盆踊りの歌声が聞こえてくる。踊り手というのは、みな若い。女性もいる。なので若い兵士たちは会場に飛んでいった。迎える側は迷惑だったろうが、白河の踊りは難しいので、練習するうち和んでいったのだろう。それが兵士らには本当に楽しかった。故郷に持ち帰ると『うちでもやろう』と広まった」

中原さんは、そう「戦後の解放感」を想像しながら、さらに厳しい背景を説明する。

「戊辰戦争とともに、幕末の長州では馬関戦争や長州征伐など戦争が相次いだ。つまり奥州から帰還した兵士はまさに生き残り。故郷の英雄だった。しかし明治になり一揆や士族の反乱が起き鎮圧され、戦争経験のある『奥州帰り』は危険分子とされた。だからだろう、踊りを伝えた人物の名前は伝わっていない。そもそも盆踊りは多くの人の楽しみで、男女の出会いの場、そして慰霊の意味を持つものです」

戦争の歴史の背後には、生きた人間がいる。人は悲しみを抱え同時に喜びを求め人を愛し慈しむ。そんなふうに中原さんは語る。

一方、過去の歴史を遠く感じる世代は互いに何を話すのだろう。

いわき地方振興局の山田英莉(えり)さん(30)は4年前、東京の大学で出会った同級生と結婚した。二人の出身地は、山田さんが会津美里町、夫の会社員洋介さん(30)は山口県長門市。ドラマを地でいく会津女と長州男のカップルだ。

出会いは大学のサークル。「山口県出身と聞き『話してみたい』と思った」と山田さんは言う。

ともに地元の歴史は小学校の頃から学び、会津と長州のいきさつは知っていた。「交際を始めた理由は気が合ったから。けれど出身地で興味を持ったのは確か」

そして交際中、山田さんは聞きたかったことを尋ねた。「互いの歴史をどう思う」。鶴ケ城にも一緒に行った。「夫は(会津側の歴史を知り)『会津が歴史にこだわる理由を初めて知った』と驚いていた」。山田さんも、会津で伝えられ、山口では伝わっていない歴史があるのを知った。ただ夫は「事実かもしれないが、戦争の残酷さをこれだけ語られれば、こだわりは生まれる」とも話した。

二人の結婚は、誰からも祝福され、同時に驚かれた。山田さんは「周囲にはやはり会津、長州という意識はある。だから私は歴史について、いい加減なことは言えない。互いにもっと知り合わなければ」と明るく話した。