【維新再考・明日への伝言】現代編4 連載を終えて

◆立ち現れる郷土 人々の息吹、復興確かに

戊辰戦争勃発から150年に合わせ、昨年5月に始まった連載「維新再考」の旅も、1年7カ月を経て終着を迎えた。

戦争の勝者の視点、いわゆる「薩長史観」に基づき語られてきた近代日本の出発点「明治維新」。この連載は、「敗者」の側にあった私たちの視点から疑問や異議を投げ掛け、改めて考えた。いわば「地方紙の使命感」だった。

取材の大きな対象となったのは、会津藩など東北・北越諸藩側の歴史だった。資料は膨大で研究者も多い。取材を通じて、明治政府が絶対とした歴史観「維新=正義」が次第に相対化され、「勝てば官軍」の言葉の意味を考える筋道も明確になった。

ここまではいわば大街道。歴史の旅は不思議なもので、目を凝らすと無数の小道が見えてきた。

会津、中通り、浜通り、京都や斗南(となみ)藩があった青森県東部など各地を訪れた。すると、凄惨(せいさん)な戦争の実態や小藩の苦悩など正義・悪の二元論では片付かない現実があった。敗者に対する政府の厳しい戦後処理など今に通じる「中央対地方」の構図も浮かび上がった。武士が語らなかった農民、町民らの悲劇があった。

戦火で故郷を失いながら教育を頼りに再起した人々のたくましさ。敵も味方もなく、戦死者を供養した人々。これらの人々のこころの強さは、震災からの復興途上にある現在の県内とも重なった。東北人の精神的基盤とも思える。

連載には幸い多数の反響が寄せられた。各地でも地元の戊辰戦争史を学ぶ講演会が多く開かれたと聞く。結論めいたことを記すなら、こうして私たちが足元の歴史に目を凝らすとき、見えてくるのは昔話ではなく、中央で書かれた教科書的な歴史でもない。自分たちが生きてきた土地、これからも生きていく土地。その個性的で明瞭な輪郭が、眼前に立ち現れる。

いま、地方創生が叫ばれ、郷土は復興へと歩みを進めている。その歩みを確かなものにするのは、脈々と続く人々の息吹ではないか。

最後に、取材でお世話になった作家や研究者、会津藩をはじめとする各藩の藩主や藩士の末裔(まつえい)の方々、ゆかりの地の皆さんに厚く感謝したい。連載は閉じるが、私たちの足元を再考する旅は、まだまだ続く。